論文「DeepSeek-R1: Incentivizing Reasoning Capability in LLMs via Reinforcement Learning」https://arxiv.org/pdf/2501.12948 の読後感(2):
会津大学 コンピュータ理工部 名誉教授 生成AI学塾長 程 子学
1. AIモデルの蒸留とは、
AIの発展において「モデルの蒸留 (Distillation)」は、重要な技術の一つとされている。蒸留とは、大規模言語モデル(LLM)の知識や推論能力を、小型のモデルへと効率的に転移する手法である。これは、単にモデルを小さくするのではなく、大規模モデルの知能レベルになるべく近い理解・推論力を持たせつつ、小規模化を実現することを目的とする。その結果、省エネ設計のAIを開発でき、ローカルコンピュータでの実行可能になる。
蒸留技術は、Geoffrey Hinton、Oriol Vinyals、Jeffrey Dean によって2015年に発表された論文 “Distilling the Knowledge in a Neural Network”(https://arxiv.org/abs/1503.02531) によって提案された。この論文では、複雑なモデル(教師モデル)の知識を、より簡潔なモデル(生徒モデル)に転移させる手法が示されている。教師モデルの出力を生徒モデルが模倣し、性能を維持しつつモデルを小型化する技術である。これにより、計算資源の削減や推論速度の向上が可能となり、特にリソースが限られた環境やリアルタイム処理が求められるアプリケーションにおいて有効とされる。
蒸留技術の利点は多岐にわたる。第一に、計算資源の削減が挙げられる。大規模モデルは一般に膨大な計算リソースを必要とし、動作には高性能なGPUやクラウド環境が不可欠である。しかし、蒸留された小規模モデルは、より低コストでの運用が可能となり、企業や個人がAIを利用するハードルを大幅に下げる。第二に、ローカル環境での実行が可能になることで、プライバシー保護の観点からも利点がある。特に医療や機密情報を扱う分野では、クラウドにデータを送信せずにAIの活用が可能になることは大きな利点となる。
蒸留技術はAIの民主化に貢献する大きな可能性を秘めている。低コストかつ省エネでありながら、大規模LLMに匹敵する推論力を持つ小型モデルの開発が進めば、AIの社会実装はさらに加速するだろう。しかし、その一方で、情報劣化や著作権への対策も不可欠である。今後のAI技術の発展において、蒸留は「善か悪か」ではなく、「どのように活用するか」が問われる技術である。
2. DeepSeekの蒸留について
DeepSeek-R1-Zeroは、教師あり微調整(SFT)を行わず、純粋な強化学習(RL)のみで訓練されています。従って、蒸留の手法を使われていないと考えられる。一方、DeepSeek-R1は、RLの前にコールドスタートデータを組み込むことで、初期の不安定性を克服し、性能を向上させている。
一方、DeepSeekは、積極的に蒸留技術を活用し、DeepSeek-R1の知識を教師モデルとして6つの小型モデルが得られ、計算資源の削減と高い推論能力の両立ができた。この小型モデルは、数学の問題解決能力やプログラミング課題の正答率など、特定のタスクにおいて大規模モデルと同等か、それ以上の性能を発揮することが確認されています。
3. DeepSeekからの蒸留は世界中に広がっている
オープンソース化したDeepSeekを教師モデルとして世界各地で応用が進められている。特定の言語や文化に適応したカスタマイズモデル、専門領域のデータを活用しより精度の高い言語理解や応答を実現できるモデル、個別の生徒の学習スタイルに適応した軽量化されたAIモデルなどが挙げられる。
また、クラウド環境を必要とせず、ローカルデバイス上で動作できるため、インターネット接続が限られた地域や、リソースが不足している環境での活用が期待される。発展途上国での医療サポートAIや、ローカルビジネス向けの自動応答システムとしての利用が考えられる。
DeepSeek-R1からの蒸留モデル「DeepSeek-R1-Distill-Qwen-7B」 は、Qwen を基にした軽量版であるが、日本語入力時に英語や中国語が混在する問題が指摘されていた。この課題を解決するため、日本では、東京大学発のAIスタートアップであるLightblueが開発した「Lightblue/DeepSeek-R1-Distill-Qwen-7B-Japanese」 は、「DeepSeek-R1-Distill-Qwen-7B」から蒸留され日本語入力に対して一貫性のある出力を提供し、多様な活用と日本文化の理解と発展が期待されている。
4. Lifelong Distillation蒸留技術の進展:AIモデルを使いながら、学習・進化し続ける
最近の研究では、Lifelong Distillationが継続学習の鍵となる技術として注目されており、サーベイ「A survey on knowledge distillation: Recent advancements*1」では、様々なLifelong Distillationを紹介している。通常の知識蒸留では、大規模な「教師モデル」から小規模な「生徒モデル」へ知識を転送するだけだが、Lifelong Distillation蒸留技術は、蒸留された初期のモデルが実際に推論・応用を行い、新しいタスク・状況の対応を通じてフィードバックを得ながら、さらに蒸留・進化していく。その際に「過去の知識の保持」と「新しいタスクへの適応」のバランスを取りながら蒸留・学習は鍵である。
Lifelong Distillationで未来はどう変わる?
AIアシスタント:ユーザーの趣味や好みを継続的に学習しながら、過去の対話内容を忘れずに最適な提案を行うアシスタントを実現。例えば、個人化対応の学生支援に役に立つ。
自動運転:走行データをリアルタイムで学習しながら、以前に学習した運転スキルを保持し、環境に適応し続ける自動運転AI。
ヘルスケアAI:患者の診療データを継続的に分析し、過去の病歴や検査結果を踏まえて、最適な診断と治療計画を提供。
日本のSakana.aiは独自の蒸留手法 「TAID(Temporally Adaptive Interpolated Distillation)」 を用いて、より効率的な知識蒸留を実現した。TAID は、学習の進捗に応じて教師モデルを動的に変化させることで、生徒モデルが最適な速度で新しい知識を吸収できるよう設計されている。これにより、Sakana.ai の 「TinySwallow-1.5B」 は、リソースが限られた環境でも高精度な推論を実現し、モバイル端末上でも動作可能な SLM(Small Language Model) となっている。
AIを長期間にわたって利用しながら持続的に学習・進化、ユーザーに最適な体験を提供できるLifelong Distillation の活用は、これからのAIの進化にとって欠かせない技術となるだろう。
*1:Amir Moslemi, et al.,” A survey on knowledge distillation: Recent advancements,” Machine Learning with Applications Volume 18, December 2024, 100605
*2:Y.H. Wang, C.Y. Lin, T. Thaipisutikul, T.K. Shih,”Single-head lifelong learning based on distilling knowledge,” IEEE Access, 10 (2022), pp. 35469-35478
*3:本文は、chatGPT-4oを使い、文章の添削をした。